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武相荘の散策路
武相荘の住人
縁あって−交友録
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■ 樺山資紀 Sukenori Kabayama
正子の父方の祖父。薩摩藩出身の伯爵で、海軍軍人、政治家。戊辰戦争、台湾出兵に参加。西南戦争では涙を飲んで西郷軍と戦った。警視総監、海軍大臣を歴任。・・・
■ 樺山愛輔 Aisuke Kabayama
正子の父。実業家・貴族院議員。資紀の長男。13歳で渡米。アーマスト大学卒業後、ドイツのボン大学に学ぶ。帰国後は国際文化人として多くの企業や団体で活躍した。・・・
■ 樺山常子 Tsuneko Kabayama
正子の母。海軍大将、海軍卿として「薩の海軍」の基礎を築いた川村純義の長女。純義は海軍を辞した後、皇孫(昭和天皇と秩父宮)の養育掛りをつとめた。・・・
■ 白洲文平 Fumihira Shirasu
白洲次郎の父。実業家。三田藩九鬼氏の家老の家に生れる。アメリカのハーバード大学に留学し、卒業後はさらにドイツのボンに学んだ。・・・
■ 青山二郎 Jiro Aoyama
美に生きた天才。通称「ジィちゃん」。若くより骨董の目利きとして知られ、中原中也、小林秀雄らと親交を結ぶ。・・・
■ 小林秀雄 Hideo Kobayashi
評論家。29年、『様々なる意匠』で文壇にデビュー、大作『本居宣長』にいたるまで、常に文学界をリードした。・・・
■ 河上徹太郎 Tetsutaro Kawakami
評論家。小林秀雄とならぶ近代批評の先駆者。軽井沢の別荘が隣り合っていたことから、先に河上夫人の知己を得て親交を深める。・・・
■ 近衛文麿 Fumimaro Konoe
五摂家筆頭の公爵家に生れた政治家。アジア主義者だった父・篤麿(あつまろ)の縁で、頭山満(とうやまみつる)ら右翼と関係を持つ一方、京都帝大でマルクス主義者・河上肇(はじめ)の指導に接した。・・・
■ 細川護立 Moritatsu Hosokawa
肥後熊本藩主細川家直系16代の当主。細川護煕元首相の祖父にあたる。侯爵。晴川と号す。貴族院議員、国宝保存会会長等を歴任。・・・
■ 吉田茂 Shigeru Yoshida
外交官・政治家。土佐自由党の竹内綱の五男として東京に生まれ、幼児に吉田家の養子となる。東京帝大卒業後外務省に入省、駐伊・駐英大使を歴任。・・・
■ 秩父宮勢津子 Setsuko Chichibu no miya
秩父宮雍仁(やすひと)親王妃。旧会津藩主の松平家に生まれる。正子とは学習院女子部初等科3年で同級となって以来、生涯の友となる。・・・
■ 梅若実(2世)Minoru Umewaka
明治の3名人に数えられた初世梅若実の次男。21年、兄万三郎らとともに梅若流を樹立。48年、長男六之丞に六郎を継がせ、2世実を襲名。・・・
■ 友枝喜久夫 Kikuo Tomoeda
能楽喜多流シテ方。熊本生まれ。友枝家は熊本藩主細川家お抱えの能楽師の家筋。喜久夫は喜多流宗家14代喜多六平太に師事。・・・
■ 安田靫彦 Yukihiko Yasuda
日本画家。日本橋に江戸時代から続いた料亭の家に生まれる。14歳で大和絵師小堀鞆音(ともと)に入門。1907年岡倉天心を中心とする国画玉成会の創立に加わる。・・・
■ 梅原龍三郎 Ryuzaburo Umehara
洋画家。京都の染呉服商の家に生まれる。浅井忠に師事し、1908年に渡仏。翌年ルノアールの門をたたいて指導を受けた。13年、帰国。・・・
■ 熊谷守一 Morikazu Kumagai
1900年東京美術学校西洋画選科に入学、同期には青木繁がいた。09年文展で「蝋燭」が褒状。母の死を契機に帰郷し、木曽で5年間を過ごす。15年上京し、制作復帰。・・・
■ 広田 煕 Hiroshi Hirota
東京日本橋に叔父松繁(号:不孤斎)が創業した骨董商「壺中居」の2代目主人。戦前より青山二郎、小林秀雄らと交わり、青山には叔父の号をもじって「腹黒斎」と命名された。・・・
■ 秦 秀雄 Hideo Hata
料亭主人・骨董商。井伏鱒二の小説『珍品堂主人』のモデル。戦前、北大路魯山人と星ケ岡茶寮を営むが、喧嘩別れをして独自に目黒茶寮をつくった。・・・
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