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正子の父方の祖父。薩摩藩出身の伯爵で、海軍軍人、政治家。戊辰戦争、台湾出兵に参加。西南戦争では涙を飲んで西郷軍と戦った。警視総監、海軍大臣を歴任。武勇伝と「蛮勇演説」でならした。さらに初代台湾総督、内務・文部両大臣、元帥等を務めた後、大磯にあった別荘「二松庵」に隠棲。
《祖父樺山資紀は、私が十二歳の時に死んだので、記憶にはよく残っている。が、いたって寡黙な人間であったから、自分のことは語らなかったし、面白い逸話といったようなものは一つもない。世間では、明治の元勲のようにいわれているらしいが、本人にそういう意識はまったくなかったようで、いつもこんな風なことをいっていた。
「ほんとうに立派な人たちは、みな明治の維新で死んでしまった。あとに残ったものはカスばかりだ」
と、そのカスの一人として、先人たちの抱いた理想を達すべく、精一杯に生きたのが、祖父およびその周辺の人々で、彼らは死んだ人々に対して、深い負い目を感じていたのではないか。明治維新史は、涙なくしては読めない悲劇の歴史であるが、ことに薩摩の軍人にとっては、神様のように崇拝していた西郷隆盛を、敵に廻して戦わねばならなかったことは、生涯の痛恨事であったに違いない。》
(白洲正子「晩年の祖父」より)

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