|
洋画家。京都の染呉服商の家に生まれる。浅井忠に師事し、1908年に渡仏。翌年ルノアールの門をたたいて指導を受けた。13年、帰国。やがてルノアールの影響から脱し、日本の伝統的色彩感をも吸収した独自の「梅原様式」と呼ばれる装飾的画風を確立した。代表作に「紫禁城」「北京秋天」など。
《今日うかがってみると、もう絵は描かない、描かなくていいんだ、とはっきりした口調でいわれた。
「それはネ、わたしはこの頃寝ていても、起きていても、よく夢を見るんだが、夢の中で今まで見たことのないような美しい景色が現れる。美しい色が見える。だから、わたしはもう絵を描くことは要らないんだ」
ある人々は、これを老衰の徴候と見るかも知れない。または、絵を描けなくなった画家の負惜しみと受取る人もあろう。だが、そんなことより、色彩の魔術師と呼ばれた天才が、今まで見たこともない色とは、景色とは、いったいどのようなものなのか。それは想像を絶する程の美しさであることに、思いを致すべきだろう。(中略)
梅原さんの世界には、既にあの世もこの世も存在しない。存在しないのではなくて、渾然一体と化している。これまで先生は、芸術の上でも、生活の面でも、現実家として通っていた。が、ほんとうは真底からのロマンティストではなかったのだろうか。ロマンティストといって誤解をうける恐れがあるなら、永遠なるものに憧れる一種の夢想家といってもいい。》
(白洲正子「北京の空は裂けたか」より)

|