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《菅原さんは昭和十六年の生れだが、若い頃は放浪癖があって、日本中だけでなく、世界各国を旅したらしい。その間に絵を描いたり、染織の研究もするようになった。藍の仕事は、農民経済史から入って、関東の紺屋の復興に手を貸しているうちに、昔からの正しい製法を会得し、自分でやってみようと思いこの道に入った。肝っ玉母さんは、その間終始黙って見ていたようで、彼が独自の境地を開くことができたのはそのお蔭だと思う。
藍は不思議な魅力を持つ染料で、一旦手がけると誰でも取憑かれしまうと、田島さんも菅原さんもいう。そんなことは素人にはわからないが、ただ、想像できることは、ほかの植物染料とちがって、藍は生きもの(菌の一種)であるから、健康な状態に保つのが難しく、酸性に片寄っても、アルカリ性が強くても失敗する。大ざっぱにいえば、その頃合いをはかるところに、いうにいわれぬ苦労と楽しみがあるに違いない。》
(「大島の土の子 菅原匠」より) |
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