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《「わたしの花は即興です。立ちどまって考えると、花は死ぬ。まして、いじくり廻すことは禁物で、すべて一発勝負です」
そういう人の花は、展覧会向きではない。出来上った作品を見せるのではなく、いけて行くその動きの中に「花」がある、そういっても過言ではないと思う。今日のような場合は、竹を切るところから、既に演技がはじまっていた。あえて演技というのは、手さばきが美しくて、素早いからで、鋸の音まで冴えて聞える。これは花屋の息子さんであることと無関係ではあるまい。昔、西川一草亭といういけ花の名手がいた。彼も京都の花屋の出で、津田青楓の兄さんであったが、実に趣味のよい花をいけた。が、川瀬さんの場合は、室町以前の「たてはな」 から入って、その技術を「いけはな」と「なげいれ」に生かしているところに特徴がある。別の言葉でいえば、楷書から行・草へと発展して行ったので、お能でいえば、序破急の法則にはまっている。彼の動きが美しいのは、根本から出発したためで、物心もつかぬうちから、花を愛し、花をあつかうすべが身についていたに違いない。
それにしても、どういう修業をしたのか、本人に聞いてみると、子供の時から花をいけることが上手で、色々な人に褒められた。やがて、日本の華道にあきたらなくなって、演劇を研究するために、パリへ渡った。外国へ行くと、日本のことがよくわかる。二年間滞在している間に、生れた時から親しんだ花というものが、はっきり目に見えるようになって来た。再認識したのではなく、その時川瀬さんは、自分を発見したといえるであろう。》
(白洲正子「花をたてる」より) |
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